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情報系に役立ちそうな応用数理をゆるめにメモします

行列における全射,左零空間が零ベクトルのみ,行フルランクは同値であることを証明する

本記事は以下の過去記事の結果を用います.

4つの基本部分空間について考える - エンジニアを目指す浪人のブログ

行列における単射,核(カーネル)が零ベクトルのみ,列フルランクは同値であることを証明する - エンジニアを目指す浪人のブログ


勉強を進めていて,行列の全射(surjective)(onto),左零空間(left nullspace),行フルランク(full row rank)の関係についてとても重要に感じたので,証明しておくことにしました.冒頭の過去記事(行列における単射)では核(カーネル)という用語を用いていますが,本記事では同じものを零空間と呼ぶことにします.


全射の定義は文献[1]に,行空間と列空間の定義は文献[2]に,零空間と左零空間の定義は文献[3]にあります.記号を準備します.

{\displaystyle \;\;\; C(A) \;\;\;\;\; } {\displaystyle A } の列空間
{\displaystyle \;\;\; N(A^T) \;\;\; } {\displaystyle A } の左零空間

行フルランクの定義を以下に示します.文献[4]にあります.

定義.
{\displaystyle m \times n } 行列 {\displaystyle A } とする.階数が行数に等しい,すなわち {\displaystyle \mathrm{rank}\ A = m } のとき, {\displaystyle A } は行フルランクであるという.

任意の {\displaystyle A } について {\displaystyle \mathrm{rank}\ A \le n } であるので,行フルランクならば横長の行列あるいは正方行列です.

  

注意.
行列 {\displaystyle A \;\; : \mathbf{R}^n \to \mathbf{R}^m, \; A \;\; : x \mapsto Ax } は線形写像である.
行列 {\displaystyle A^T: \mathbf{R}^m \to \mathbf{R}^n, \; A^T  : y \mapsto A^T y } は線形写像である.

 

以上の設定のもとで,本記事の目的に進みます.

事実.
行列における全射,左零ベクトルが零ベクトルのみ,行フルランクは同値である.

 

証明.
冒頭の過去記事(行列における単射)の結果を {\displaystyle A^T } について適用すると,以下を得る.

{\displaystyle \;\;\; A^T } の零空間が零ベクトルのみ {\displaystyle \Leftrightarrow } {\displaystyle A^T } は列フルランク

{\displaystyle A^T } の零空間は {\displaystyle A } の左零空間 {\displaystyle N(A^T) } に等しく,{\displaystyle A^T } の列フルランクは {\displaystyle A } の行フルランクと同値である.したがって以下を得る.

{\displaystyle \;\;\; A } の左零空間が零ベクトルのみ {\displaystyle \Leftrightarrow } {\displaystyle A } は行フルランク

あとは以下を示せばよい.

{\displaystyle \;\;\; A } の左零空間が零ベクトルのみ {\displaystyle \Leftrightarrow } {\displaystyle A }全射


{\displaystyle A } の左零空間が零ベクトルのみ,すなわち {\displaystyle N(A^T) = \{ 0 \} } であるとする.以下が成り立つ( {\displaystyle \oplus } は直交直和).

{\displaystyle \;\;\; \mathbf{R}^m = C(A) \oplus N(A^T) \;\;\; \because } 冒頭の過去記事(4つの基本部分空間)の結果
{\displaystyle \;\;\;\;\;\;\;\;\; = C(A) \oplus \{ 0 \} \;\;\;\;\;\;\;\; \because } 仮定
{\displaystyle \;\;\;\;\;\;\;\;\; = C(A) }
{\displaystyle \;\;\;\;\;\;\;\;\; = \{ Ax \ : \ x \in \mathbf{R}^n \} \;\;\;\;\;\; \because } 列空間 {\displaystyle C(A) } の定義

これは {\displaystyle A : \mathbf{R}^n \to \mathbf{R}^m, \; A : x \mapsto Ax }全射であることを意味している.

 

逆に {\displaystyle A }全射であるとする.{\displaystyle C(A) = \mathbf{R}^m } でなければならないから,同様の議論により {\displaystyle N(A^T) = \{ 0 \} } である.(証明終わり)

 左零空間に零ベクトル以外のベクトルをもつことと行フルランクでない(行ベクトルが線形従属)ことは同値である,ことを付記しておきます.

 

以上,行列における全射,左零空間が零ベクトルのみ,行フルランクは同値であることを証明しました.

 

参考文献
[1] Wikipedia Bijection, injection and surjectionのページ https://en.wikipedia.org/wiki/Bijection,_injection_and_surjection
[2] Wikipedia Row and column spaces のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Row_and_column_spaces
[3] Wikipedia Kernel (linear algebra) のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Kernel_(linear_algebra)
[4] University of Minnesota Harris Ahmed Mohammed Ismail先生のノート http://www-users.math.umn.edu/~moham189/docs/Spring_2016/Fat,%20Square%20and%20Thin%20Matrices/Fat_Square_Thin_Matrices_Systems_of_Equations.pdf
[5] Massachusetts Institute of Technology Gilbert Strang先生のノート https://ocw.mit.edu/courses/mathematics/18-06sc-linear-algebra-fall-2011/ax-b-and-the-four-subspaces/solving-ax-b-row-reduced-form-r/MIT18_06SCF11_Ses1.8sum.pdf