工学系の学生向けの教科書や講義においてフーリエ級数(Fourier series)を扱うとき,三角関数や複素関数を用いた具体的な級数を用いて表現する場合が多いと思います.本記事では,関数解析の教科書に記述されている,フーリエ級数の数理的基盤になっている関数空間,それらの内積,ノルムなどの概念を直接的に意識できるようないくつかの別の表現や抽象的な表現を,具体的な級数の表現やその導出と併せてメモしておくことにしました.Kreyszig(1989)の特に Example3.4-5,Example3.5-1を中心に,その他の文献も参考にしてまとめます.
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目次
1. 実数値連続関数を要素とする内積空間上の正規直交集合
1.1. 内積とノルム
1.2. 正規直交集合を構成する関数列
2. 空間とフーリエ級数
2.1. 数学的基礎
2.2. 二乗可積分関数全体の集合
2.3. フーリエ係数
2.4. フーリエ級数
2.5. フーリエ級数の複素数表現
2.6. 実数表現と複素数表現の等価性
[ 1. 実数値連続関数を要素とする内積空間上の正規直交集合 ]
[ 1.1. 内積とノルム ]
閉区間 上の全ての実数値連続関数で構成される内積空間(文献[7]にあります) を考えます.内積が以下で与えられているものとします.
(1.1.1)
ノルムは内積空間のノルムの定義より以下です.
(1.1.2)
この距離空間 は完備ではないことが知られています(したがって はヒルベルト空間(Hilbert space)(文献[8]にあります)ではありません).以下の過去記事にあります.
連続関数の空間はLpノルムのリーマン積分版?について完備でないことを証明する - エンジニアを目指す浪人のブログ
[ 1.2. 正規直交集合を構成する関数列 ]
以下の はそれぞれ の直交集合(orthogonal set)(文献[9]にあります)の要素,すなわち直交系(orthogonal sequence)です.
(1.2.1)
(1.2.2)
なぜならば以下が成り立つからです(簡単な計算なので証明なしで認めます).
(1.2.3)
(1.2.4)
以下を得ます.
(1.2.5)
(1.2.6)
よって(1.2.1)(1.2.2)が直交集合の要素であることと(1.2.5)(1.2.6)から,以下の はそれぞれ の正規直交集合(orthogonal set)(文献[10]にあります)の要素,すなわち正規直交系(orthonormal sequence)です.
(1.2.7)
(1.2.8)
以下が成り立ちます(簡単な計算なので証明なしで認めます).
(1.2.9)
したがって(1.2.7)(1.2.8)(1.2.9)より,以下の関数列は の正規直交集合を構成します.すなわち正規直交系です.
(1.2.10)
[ 2. 空間とフーリエ級数 ]
[ 2.1. 数学的基礎 ]
一般の内積空間 を考えます. を の正規直交系とするとき,以下の内積をフーリエ係数(Fourier coefficients)といいます.
(2.1.1)
ヒルベルト空間 を考えます. を の正規直交系として以下の級数を考えます(この級数は収束しないかもしれません).
(2.1.2)
以下を部分和(pairtial sum)といいます.
(2.1.3)
以下が成り立つとき,級数は収束するといい, を和(sum)といいます.
(2.1.4)
以下の定理が成り立ちます(証明なしで認めます)(Kreyszig(1989)にあります).
'--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
3.5-2 定理 (収束).
をヒルベルト空間 の正規直交系とする.このとき:
(a)
級数(2.1.2)が( のノルムの意味で)収束するための必要十分条件は以下の級数が収束することである:
(2.1.5)
(b)
級数(2.1.2)が収束するとき, に収束するとして以下が成り立つ
(2.1.6)
(2.1.7)
(c)
任意の について,(2.1.7)の右辺は( のノルムの意味で) に収束する.
'--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
[ 2.2. 二乗可積分関数全体の集合 ]
フーリエ級数を考えるにあたり,どのような具体的なヒルベルト空間 をとればよいか考えていきます.
測度論における 空間は一般にヒルベルト空間ではありませんが, のときに限りヒルベルト空間空間となります. すなわち はヒルベルト空間です(文献[11]にあります).
閉区間 上の実数値可測関数の同値類からなるヒルベルト空間 を考えます.以下が成り立ちます.
(2.2.1)
の要素を二乗可積分関数(Square-integrable function)ともいいます(文献[12]にあります).ここでは積分の種類としてルベーグ積分を用いていますが,以下ではリーマン積分の表記を用いていきます.以降で扱う関数は周期をもつ実数値連続関数で,そのルベーグ積分とリーマン積分の積分の値は同じであり,区別が必要なほどの詳細に立ち入らないためです.またこのとき, の内積(1.1.1)と命題(2.2.1)の最右部の内積は同じなので, の正規直交系(1.2.10)は の正規直交系になっていることがわかります.(厳密には完全正規直交系として議論する必要がありますが,本記事では"完全"性は範囲外として考えないことにします.)
[ 2.3. フーリエ係数 ]
を周期 すなわち を満たす連続関数であるとします.閉区間 上の連続関数は可測関数であり,(ルベーグ積分の意味で)二乗可積分です(文献[13]にあります).したがって です.
は以下の式で書けるとします(ひとまずこれを認めて先に進みます).
(2.3.1)
直交系(1.2.1)(1.2.2)との内積をとります.
(2.3.2)
(2.3.3)
(2.3.4)
これらより(2.3.1)の係数を得ます.フーリエ係数と正規直交系(の要素)との積になっています.
(2.3.5)
(2.3.6)
(2.3.7)
[ 2.4. フーリエ級数 ]
フーリエ係数(2.3.5)(2.3.6)(2.3.7)を(2.3.1)に代入すると,最終的に以下を得ます.フーリエ級数は様々な表現が可能であることがわかります.
(2.4.1)
(※)
なお,3.5-2 定理 (収束).(c)と(2.4.1)(※)より,フーリエ級数は( ノルムの意味で)収束することが確認できます.
閉区間 上の複素数値可測関数の同値類からなるヒルベルト空間 を考えます.以下が成り立ちます.(2.2.1)の内積の積分内の を複素共役にしたものになっていることに注意します.
(2.5.1)
以下が成り立ちます(簡単な計算なので証明なしで認めます).
(2.5.2)
したがって以下の関数列は の正規直交系です.
(2.5.3)
実数値関数の場合(2.4.1)の類推から以下を得ます.
(2.5.4)
文献[2]の命題3.5.と定理3.6.も参考になります.フーリエ級数は( ノルムの意味で)収束することが確認できます.
[ 2.6. 実数表現と複素数表現の等価性 ]
以下の事実を示します.
'--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
事実.
実数表現(2.4.1)と複素数表現(2.5.4)は等しい.
証明.
(2.6.1)
(2.6.2)
(2.6.3)
よって(2.6.2)(2.6.3)より以下を得る.
(2.6.4)
ここで(2.6.1)(2.6.4)を用いれば(2.4.1)と(2.5.4)は等しいことがわかる.(証明終わり)
'--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
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以上,フーリエ級数の基礎をまとめました.三角関数による具体的な表現と正規直交系による抽象的な表現を併せて明示することで,より理解が深まる気がします.
参考文献
[1] Kreyszig, E. (1989), Introductory Functional Analysis with Applications, Wiley.
[2] 東京大学 木田良才先生のノート https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~kida/notes/fourier.pdf
[3] 名古屋大学 山上 滋 先生のノート https://www.math.nagoya-u.ac.jp/~yamagami/teaching/fourier/fourier2013.pdf
[4] 九州工業大学 鶴 正人 先生のノート https://nmlab.cse.kyutech.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2018/03/Ana-18-06.pdf
[5] 九州工業大学 鶴 正人 先生のノート https://nmlab.cse.kyutech.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2018/03/Ana-18-10.pdf
[6] Wikipedia Fourier series のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Fourier_series
[7] Wikipedia Inner product space のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Inner_product_space
[8] Wikipedia Hilbert space のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Hilbert_space
[9] Wikipedia Orthogonality のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Orthogonality
[10] Wikipedia Orthonormality のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Orthonormality
[11] Wikipedia space のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Lp_space
[12] Wikipedia Square-integrable function のページ https://en.wikipedia.org/wiki/Square-integrable_function
[13] National Cheng Kung University Jia-Ming Liou 先生のノート http://www.math.ncku.edu.tw/~fjmliou/pdf/rem_CL2.pdf